ハーバート・ノーマン

英国MI5(情報局保安部)が共産主義者と断定していたカナダの外交官、ハーバート・ノーマンは、GHQ(連合国軍総司令部)で日本の占領政策に関わり、有数の日本専門家としての発言力を背景にマルクス主義色の濃い「民主化」を進めた。(編集委員 岡部伸)             
 
◇ GHQ対敵諜報部調査分析課長として、ノーマンが以前勤務していた日本に戻ってきたのは1945(昭和20)年9月。
ハーバード大時代に親交があった都留重人(後の一橋大学長)と、マルクス主義の憲法学者、鈴木安蔵を訪ね、「今こそ日本の民主化のために憲法改正を実践に移す好機だ」と憲法草案作成を働きかけた。                 
 
◇ 治安維持法適用第1号の京都学連事件で検挙された鈴木は、ノーマンの助言を受け、天皇制廃止を主張していた元東大教授の高野岩三郎と憲法研究会を結成。
同年12月26日に政府の改正草案より1カ月早く憲法草案要綱を発表。
この草案を参考にGHQが最終草案を作った。

 その過程で、ノーマンは「君たちの憲法草案も(天皇制を廃した)共和制ではないが、どういうわけだ」と質問。
鈴木が「今の状態で国民的合意を得ることがむずかしい」と答えたところ、ノーマンは「今こそチャンスなのに、またしても天皇が存在する改革案なのか」と反論したという。

 日本人の自発意思により作成した「民主的」とされる憲法草案も、ノーマンの工作で生まれたものだったということになる。
ノーマンが重視したのは、1条の「天皇は、日本国の象徴であり(中略)この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」の部分で、「国民の総意」を口実に天皇制を廃止できるようにしたといわれる。
                   
 ◇また同年10月5日、府中刑務所を訪問し、志賀義雄と徳田球一ら共産党の政治犯にGHQ指令での釈放を伝えた。
そして同7日と9日、志賀と徳田らを尋問し、占領軍に反対する人名と背景を聞き出した。
彼らの情報を占領政策に利用しようとしたという。

 民政局(GS)次長のケーディスが中心となって実施した公職追放でもノーマンが右腕として関わる。
同年10月4日の指令で、内務大臣、警察幹部、特高警察の罷免を指示。
さらに政治家、官吏、教員から地方政界、財界、言論界まで20万人以上の日本人を公職から追放。
対象者の人選はケーディスが核となり、ノーマンが協力したといわれる。
追放によって、教育界や言論界で共産主義シンパや左派伸長の遠因となった。

 さらにノーマンは、「戦犯容疑者」の調査を担当。GHQから委託されて近衛文麿と木戸幸一をA級戦犯に指名し、起訴するために意見書をまとめた。

 ノーマンは木戸と姻戚関係にあった都留から情報を得て、同年11月5日と8日に「戦争責任に関する覚書」を作成してGHQに提出するが、「彼が戦争犯罪人にあたるとの強い印象をもった」と近衛への筆鋒(ひっぽう)は鋭かった。
同年10月にマッカーサーから新憲法起草を指示され、戦犯指名されないとみられていた近衛に「A級戦犯」として逮捕令状が出されたのは12月6日。近衛は出頭期日の12月16日に命を絶った。
ノーマンが近衛を戦犯指名するよう工作したといわれる。                 
 
◇また、ノーマンがハーバード大学の博士論文として執筆した著書「日本における近代国家の成立」は、GHQが日本理解のバイブルとして利用したとされる。
戦前の日本を人民の生活と諸権利を犠牲にし、封建的要素を濃く残した、いびつな近代社会と指弾するものだった。
日本共産党の講座派マルクス主義理論に依拠する歴史観は、制裁的な占領政策を推進するニューディーラー(ルーズベルト大統領のニューディール政策支持者)たちに大きな影響を与え、戦後の日本に自虐史観を根付かせる要因となった。

あしなが育英会募金の真実

就学が困難な子どもの救済を謳い「あしなが育英会」への寄付を名目に日教組は各地で街頭募金を行いました。
ところが、日教組は集まった善意の募金1億7600万円あまりのうち、1億円を 子どもの救済とは何の関係もない 日本労働組合総連合会(連合)に寄付したのです。
さらにその1億円から日教組に対して助成金として3700万円あまりが支給され (日教組にキックバックされ) 、徳島県教組は「テロ組織朝鮮総連の直接支配下にある朝鮮学校への支援金」として150万円を受け取り、県内の朝鮮学校に寄付するに至りました。
これは人の善意を踏みにじる募金詐欺と言わざるを得ない卑劣な犯罪行為であります。   
しかもたいへん信じ難いことに、この犯罪集団は家庭訪問と称して、各家庭を回って募金を集めていたことが判明しました。
これは脅迫行為となんら変わりありません。もはや募金というよりは、カツアゲといった方が妥当でしょう。

**************************************************************************
日教組はその組織力を最大限に利用、子供をエサに何も知らない親たちから募金サギを行っている。
募金サギで何をやっているか?
自分達の行動資金確保である。
そして心のふるさと=朝鮮学校つまり朝鮮総連(=北朝鮮)にまで募金を流用している。
聖職という教師の仮面をかぶったサギ集団である。
日教組の金バッチ組のやりたい放題はいい加減にして欲しいものである。
金バッチはどうして手に入れるか?それは教師研修=一年間研修=北朝鮮研修。となるわけである。
同僚教師にも何処で研修しているかわからないようになっている。
一年間の研修を終えたら必ず他校に異動するからである。
ギンギンのスパイになって帰国するのである。

日教組

日教組は「教師は聖職」というのを否定したんですね、「教師は労働者」だ、と。
全部が全部という訳ではありませんが、昭和20年代末期には「生徒を人質にとる」と批難されるような極端な思想教育が一部にあったのは嘘ではありません。

今のわが国の公教育の荒廃を招いたのは紛れもなく日教組ですよ。

教育現場に政治を持ち込んだんですから。「社共代理戦争」などといわれてね、、。

それまでの教育は儒教が基本になっていました。日常の生活でも学校の教育でも儒教的精神が元になって、年長者を敬い、自らを律し、他者に寛容の精神が重視された教育でした。

しかし、日教組は本来、組合活動ができない公務員でありながら、組合を結成し、自らの権利だけを要求し、義務を果たさず、儒教的な考えを衰退させて行きました。

その結果、現代に於いて、権利のみを主張し、義務を果たさない人間、責任を他人に転嫁する人間、自分が常に被害者であり、加害者は他にいるという考え方をする人間が増えてきたように思います。

日教組に勢力があった、1969年あたりと上記のような考え方をする人間が増えたきたように私自身は感じます。

日教組の一部組合員が「秩序を破壊して無責任な体制を先導した」のは否定できないと思います。

国旗や国家を否定する教育をする教師もいます。教えられた生徒も染まります。小学生が国旗を掲揚した校長にむかって「自分たちの気持ちを傷つけたことについてあやまってほしい」などと言うのは、やはり影響があるのではないでしょうか。(国立二小学校)
***********************************************************************
いわゆる左翼的といわれる主張です。
しかし自分の国を悪く教えることって他の国ではありえるんですかね??

「日本を愛する」と言うと、それを右翼的だとし『視野の狭いナショナリズム』と言い換える。

「親や先祖、先人を尊敬する」と言うと、それを短絡的だとし『右翼的で歴史から目を逸らしている』と言う。

「国旗・国歌・靖国をどう思うかは自分で判断する」と言うと、それを馬鹿にし『暗に、日本は尊敬できる国ではない』と自虐を推奨する。
「慰安婦の問題は解決した」と言うと、合法な上に解決済みなのを隠して、『反省しない日本の対応に被害者は今も苦しんでる』と嘘をつく。

「東京裁判は間違っていた」と言うと、歴史を否定するな、と論理を摩り替え『罪を認めないのは恥ずかしいこと』と教育する。

日教組を支援している過激派は極左思想

日教組を支援している過激派は極左思想を持った犯罪集団です。

全日本学生自治会総連合(全学連)
日本の学生自治会の連合組織のことである。略して全学連(ぜんがくれん)。
全学連には、民青系・中核派系・革マル派系・革労協現代社派系・革労協赤砦社派系の5団体が並存している。

革命的共産主義者同盟全国委員会(中核派)
日本の新左翼集団である。通称中核派(ちゅうかくは)。
「反帝国主義・反スターリン主義の旗のもと 万国の労働者団結せよ!」をスローガンに、マルクス・レーニン主義を掲げ、暴力革命による日本革命・世界革命の達成と共産主義社会の実現を目指して数々の赤色テロを行い、活動家や警察官、民間人を殺害・負傷させている。

日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派(革マル派)
日本の新左翼(革共同系)の過激派である。通称革マル派。
中核派との内ゲバ殺人や盗聴などの反社会的な非合法活動で知られている。

革命的労働者協会(社会党社青同解放派)
日本の新左翼系過激派集団(社青同系)。略称は「革労協」。
革労協は内ゲバ殺人や放火などの反社会的な暴力活動(爆弾を使用し警察官を殺害するなどテロリズムに近い)で知られる。
最近でも、主流派(現代社派・狭間派)と反主流派(赤砦社派・木元派)の内ゲバが99年~04年に行なわれ死傷者を出している。
革命的労働者協会(解放派)
日本の社青同系新左翼党派。1999年、革命的労働者協会(社会党社青同解放派)と分裂して結成された。
通称、赤砦社派。木元派、山茂派とも言う。現代社派との内ゲバや飛翔弾(ひしょうだん)発射事件で知られる。

<過激派指名手配犯人>
中核派指名手配犯人 ・革労協指名手配犯人

日本を墜落させた戦後教育

日本を墜落させた戦後教育
「教育は国家百年の大計」 といいます。
 今の日本を創ってきたのも教育ならば、これからの日本を創るのも教育です。
 「平等・人権・平和」 の名のもとに日本人の背骨とも言うべき 「精神」 を骨抜きにした 「戦後教育」 にお引き取り願い、本来の教育の目的を取り戻し、来世紀の子孫を苦しめることがないよう、切に願います。

◆ 塗炭の苦しみにあえぐ日本
 今の日本は、戦後の経済繁栄を築き上げたあと、その間に蓄積されてきた欠陥や、なおざりにしてきた課題が一挙に露呈し、相互に絡み合って、解決不能の局面にあえいでいるかのように思えます。
 政官民の分け隔てない、倫理観の喪失をはじめ、特に最近目立ってきた、学生や若者たちの破滅的な言動を見るときに、日本人というよりも、人間的な規律と規範の乱れが、急速に、しかも激しく若者たちや社会を蝕み始め、各所にその症状が現われ始めように思えます。
 この原因はいったい何なのか、そして、この窮地から脱するにはどうすればよいのでしょうか。

◆ 戦後教育50年の結論
  「 政策上の失策は、影響は大きいが、それに気付いて改めれば鏡面の曇りをぬぐうのと同じで痕跡は残らない。
 しかし、教育の場合は、アヘンのように全身に毒がまわって表面にあらわれるまでは歳月を要し、回復には幾多の歳月を要する 」 とは、かつての福沢諭吉の言葉ですが、まさに50年たった今、その症状が現われてきたと言えるのではないでしょうか。
 いま直面しているさまざまな不祥事や、若者たちの暴走の淵源を深く考えたとき、その原因はいずれも、戦後50年の間に教育が無視してきた、 「 道徳観や倫理観 」 の希薄化に行き着くと言わざるをえないと思います。
 最近、 「 平等主義が学校を殺した 」 という言葉を目にしましたが、私たちは確信をもって 「 人権・平等・平和 」 という戦後教育は完全に失敗であったと、勇気をもって結論を出す時期が来たように思います。

◆ 教育の目的とは何か
 現在の教育の問題点を考えたときに、まず思うことは 「 教育の目的を見失っている 」 ということです。
 教育は何のために行なわれるのでしょうか。
 その原点とはなんでしょうか。
 教育の真義とは 「物事の善悪を分ける力を身につけさせて、よりよき判断をするための智慧を獲得させること」 にあると思います。
 多くの間違いを避けるための 「 転ばぬ先の杖 」 を体得するための知識を教えることが 「 教育の原点 」 にあると思います。
 毎年毎年、次第次第に、悪を捨て、善を取ることが容易になってきてより早く善悪がわかり、より早く決断ができるよう導くことが、教育の理想であると思います。
 そして、善を取り、悪を捨てることが確実にできる人が、結局は立派な人であり、すなわちこれ 「 偉人 」 であるのです。
 ジョン・F・ケネディー( アメリカ第35代大統領 )は、 「誤った教育を受けた子供は、道に迷った子供である」 と述べましたが、特に今の日本の子供たちは、この善悪が判断できなくなり、行くべき方途を見失った迷子のようです。
 まさしく教育の失敗であり、教育の本来の使命が果たされていない結果ということではないでしょうか。

◆ 人の心は自由にできない 原点は後ろ姿での教育
 昨今の教育関係者の発言を聞くときに、大変心配する事があります。
 それは、最近の学校の荒廃の責任を、子供たちに押し付けているように思えることです。
 子供たちに、 「 思いやりをもってほしい 」 とか 「 命の大切さを知ってほしい 」 などと、子供たちが変わることばかりを、要求しているように聞こえますが、そこには、大切な原則が見落されています。
 それは、 「 人の心は自由にできない 」 という黄金律です。
 自分自身を振り返ると、よくわかると思いますが、自分自身の心さえ思うようにならないのが真実ではないでしょうか。
 自分の心がままならぬのに、ましてや、他人の心ばかりを変えようと焦ることは、愚かなことなのです。
 まずは大人や親が、えりを正すべきであります。
 自分自身が人間としてどれほど立派な生き方をしているのか、これをよく、えりを正して考えてみることが必要だと思います。
 そして、背中でもって教育をする、後ろ姿でもって教育をするという方針を貫き、その 「 影響力 」 や 「 感化力 」 で子供たちを導いていくことが教育の原点であり、いま最も必要とされていることだと思います。

◆ 未来への希望は道徳教育の充実
  「 修身・斉家・治国・平天下 」 という言葉が、儒教の四書のひとつ、 「 大学 」 にあります。
 これは、心を正しくすることが、身を修めることになり、それが、家をととのえて、国が治まることにもつながるという意味です。
  「 修身 」 ・ 「 家庭における徳育 」 と言えば、古くて時代錯誤に過ぎないと軽視することは、あまりに愚かなことであります。
 今、父性的な 「厳しさ」 は影をひそめ、母性的な 「優しさ」 ばかりが、過保護や過干渉という形であらわれ、家庭のバランスが崩れています。
 そして、結局はそこから社会の混乱を呼び起こしているのです。
 この出発点には、当たり前のしつけができる親がいなくなり、情操教育( 人間の真なる生き方を子供に教えること )というものがなされなくなった状況があるように思います。
 あのノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士も、小さい頃から、祖父によって 「 四書五経 」 という中国の古典を素読させられ、そしてしっかり勉強していたという話が伝えられています。
 ですから、私たち大人や親はそうした古い教養書、または道徳書、あるいは宗教書、こうしたものをつね日頃勉強して、その中で心に留まる 「 光の言葉 」 というものを記億し、折りにふれて子供たちに伝えてあげることが、何よりも大事なことであると思います。
 今、教育界やマスコミには勉強自体を否定する空気があるように思いますが、これも間違っています。

◆ 「知は力なり」 「知ることは喜びである」
 本来、知ることや学ぶことは、人問にとって喜びなのです。
 ですから、まず、こうした徳育というものを家庭を中心に行ない、また、家庭以外の学校においては 「 真理をともなう知識 」 を獲得するための教育をしっかりと行なう。
 これこそが、多くの人々や社会に有為な人材を育て、希望の未来を開く鍵であると思います。

日本文化及び日本人の若者を破壊し、共産主義を日本に浸透させる。

戦後、在日朝鮮人は、日本の諸政党の間を移動しながら、反日活動を展開してきた。
最初は日本共産党に所属し,日本国家の転覆、共産党政権(朝鮮人政権)の実現を目指した。

戦後史に詳しい方なら、戦後、日本共産党を再建したのは、在日本朝鮮人連盟であることをご存知のはず。
1945年から1953年までの8年間、日本共産党は在日朝鮮人が支配していました。

自称沖縄人の朝鮮人=徳田球一をリーダーとする日本共産党内の朝鮮人グループ、いわゆる『行動派』が、1950年から展開した軍事方針と称する武装闘争戦略は、朝鮮人による「日本国家乗っ取り運動」でした。
この戦略はけっきょく失敗し、日本共産党のイメージダウンを招いただけで終わりました。

宮本顕治をリーダーとする日本共産党内の日本人グループは、大反撃に出て、朝鮮人グループに握られていた共産党の指導権を取り返し、権力闘争に勝利しました。

すると、朝鮮人グループはあっさりと日本共産党と袂を分かち、全学連を結成して反国家活動=日本国家乗っ取り運動を続行しました。

同時に、日本共産党から日本社会党への「民族大移動」を敢行しました。
こうして、日本社会党内に誕生したのが「社会党・左派」です。
つまり、日本共産党・行動派と日本社会党・左派は、実は同じグループなのです。

単に看板を変えただけであり、その正体は暴力革命を目指す朝鮮人グループだったのです。
日本社会党および現在の社民党が、むかしから朝鮮総連と深い関係にあるのは、そういう裏事情があるためです。

これは重要な事実ですので、しっかりと頭に入れておかなければなりません。
革マル派、中核派、解放派、赤軍派、これらの組織は、全て朝鮮人の団体なのです。

民主党の旧社会党勢力が成り済まし在日朝鮮人であることを知っていますか?

ほとんどの在日朝鮮人が共産主義者であったことをソ連(ロシア)が利用し、米軍が駐留している日本を軍事的に侵略することは無理なので日本内部からの革命を企てた。

その為に、在日朝鮮人(徳田球一ら)を多く入党させた日本共産党にその革命を負わせた。

しかし。日本人の戦前の共産党アレルギーによりうまくいかず、ソ連(ロシア) は日本国民にうけの良かった社会党に乗り移ることしした。

日本共産党の成り済まし在日朝鮮人を社会党に移し松本浩一郎をモスクワに呼び「密命」を授けた。

その「密命」は 「何も武装闘争などする必要はない。
共産党が作った教科書で、社会主義革命を信奉する日教組の教師が、みっちり反日教育を施せば、三、四十年後にはその青少年が日本の支配者となり指導者となる。教育で共産革命は達成できる。

「青少年に対し祖国の前途に対する希望の灯を奪い、祖国蔑視、祖国呪詛等の精神を植え付けることが、革命への近道だ」
日本文化及び日本人の若者を破壊し、共産主義を日本に浸透させる。

日教組初代代表=羽仁五郎(マルクス主義歴史家、革新系参議院議員)

1945年12月の連合国軍最高司令官総司令部(SCAP)の指令に基づき、全教(全日本教員組合)・教全連(教員組合全国同盟)などの教員組合が発足。
日本国憲法の公布(1946年11月)/施行(1947年5月)・教育基本法制定(1947年3月)に呼応して、全教・教全連などが、1947(昭和22)年6月、日本国憲法/教育基本法の理念普及と、階級闘争を運動方針とする統一的な教員組合として日教組を結成。
マルクス主義歴史学者の羽仁五郎が代表に就任。 ⇒ 参考 GHQの占領政策と影響 
「 階級闘争 」「 抵抗教育 」「 革命運動 」を実践し、 日本の国号と天皇・日の丸・君が代への反対運動 を行う。
学童/学生に「 平和教育 」を施し、 自虐史観 を刷り込む。

「広く全日本および全世界の労働者農民諸君と手をたずさえて我国に残存するあらゆる悪秩序と闘い、これを徹底的に打破して、豊かな民主主義教育・文化の建設に邁進することを厳粛に誓う」
(1947年、日教組結成大会での宣言)

「一人々々の組合員が 自らのプチブル的傾向を脱皮し教育界に温存されている封建的残滓を打破して階級的立場を明確にし、分会、地区、府県、地域、中央へと日常闘争を進める ことによって初めて日教組の組織は強化されるのである」(1949年、日教組第五回定期大会の運動方針)

「日本教職員組合の運動方針には『 教育労働者として階級的立場を明らかにして闘う 』と書いてありますが、われわれはそのように、日本の貧しい人々、つまり、労働者の側に立って、日本の横暴な資産階級のわがままと闘うのであります」(1953年、日教組のパンフレット『新しく教師となった人々に』)

日教組が発足する前年の1946年から約十年間は、過激な自虐贖罪教育が行われた時期で、この期間に学童/学生期間を過ごした者は、現在に至るも非常に偏った反日的思想傾向を持つとされる。

自社55年体制がスタートした、1955(昭和30)年頃から教育正常化運動が始まり、ようやく日教組の横暴に歯止めがかかったが、その影響力は現代に至るまで長く続いている。

日教組の正体

大東亜戦争(太平洋戦争)敗戦後、連合国軍最高司令部は日本の民主化という名目のもとに様々な政策を実施する。

明治憲法の抹消、修身や教育勅語の廃止、東京裁判による日本罪悪史観の注入等がそれである。

日の丸・君が代の禁止もその中に含まれていた。

これらは、戦前の軍国主義を一掃するためというより、愛国心やモラルを剥奪することによって日本人を骨抜きにし、日本を弱体化させるためであった。

アメリカは、日本の参戦によって欧米列強がアジアに築いた植民地や権益を奪い取られたことを恨み、また蔑視の対象であった東洋の小国が大国アメリカを敵に回して果敢に戦ったことを恐れ、日本が二度と脅威とならないよう徹底的な「精神的武装解除」をおこなったのである。

更に、GHQは民主主義を啓蒙するために、社会主義者の活動を許し、教員の政治団体や組合結成を奨励した。

後にGHQはこれを後悔してアカ狩りに転じるのだが、まだ庇護の対象であった社会主義者はGHQの後ろ盾を得て、猛烈な勢いで情宣活動を開始する。

こうした動きの中で、日本教職員組合が結成される。

昭和27年に設けられた「教師の倫理綱領」には「教師は科学的真理に基づいて行動する」という項目があったが、この科学的真理とはマルクス主義を表していた。

日教組は創設当時から天皇制、日本政府打倒を掲げて、階級闘争的イデオロギーによる教育活動を目指していたのである。

*********************************************************************

日教組が教科書検定への影響力が強く、中国と韓国と北朝鮮と在日が捏造した、日本を悪者扱いする出鱈目自虐史観しがそのまま教科書に載っているのが現状です。

正しい歴史認識を知りましょう。

これらの日教組は捏造した自虐史観を押し付け、公務員に禁止されているストライキ、選挙運動を行い、朝鮮人に日本を侵略させるための外国人参政権と人権委員会設置法案を推進しております。

もう一つは日本の歴史教科書検定は中韓などの近隣諸国に配慮した近隣諸国条項という物があり、中韓がOKしないと教科書検定に合格しないため中韓が捏造、歪曲した歴史教科書になってしまっています。

文部科学省においては、教科用図書検定基準の中に「近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がされていること。」という近隣諸国条項の追加が談話と連動して行われた。

 中学、高校の教科書検定に日教組が影響力を持っており、韓国と中国が捏造した歴史がそのまま教科書に載っております。
出鱈目の教科書内容
在日の強制連行説 南京大虐殺 創氏改名の強要
外国人が公務員になれない、参政権がないのは差別

日本語を強要されたなど

広島の世羅高校の修学旅行の生徒に土下座させた時の写真
  日教組は捏造された自虐史観に対しての韓国への土下座謝罪をさせました。

上の写真は、広島県立世羅高校が実施した韓国修学旅行での光景。
日教組の反日教員によって、独立運動記念公園で生徒に「日帝侵略と植民地蛮行を謝罪する文章」を朗読させ、さらに居並ぶ韓国人に向かって膝をつかせて謝罪させました。
また、世羅高校の校長は連日連夜、国旗掲揚・国歌斉唱の中止を求める日教組や部落解放同盟などとの交渉に追われ、心労から自殺してしまいました(産経新聞)
■校長を自殺に追い込む
日教組および部落解放同盟は、校長をたびたび自殺に追い込んでいます。

尾道市立高須小学校の校長が自殺
広島県立世羅高校の校長が自殺
三重県松坂商業高校の校長が自殺
広島県立三原養護学校の校長が自殺

広島 連発する校長自殺 日教組教師が原因

県教委の調査によると、教員組合が校長の権限を不当に制限し、自殺は学校運営に苦しんでの結果だった。
日常的かつ組織的な吊し上げが同校の組合員によって行われていた。
上記のように、日教組は自分たちのイデオロギー(反日・極左・共産主義・自虐史観)にそぐわない者には、自殺に追い込むくらいに圧力をかけます。
民間から起用された校長などは、まさに格好のターゲットです。
日教組による被害者は後を絶ちません。

***********************************************************************************

サヨクの方々の「反戦」「平和」「人権」「環境」などの一見正しい言葉は日米同盟解体のためだった

日教組の実態

●生徒を反日思想に染め公然と洗脳教育
《韓国での修学旅行で生徒に謝罪土下座させる・広島県立世羅高校》

●ゆとり教育などによって日本の教育を崩壊
《96年文部省・中教審の委員に日教組関係者が起用され 「ゆとり」を重視に》

●自分たちのイデオロギーに反する者は、圧力によって自殺に追い込む
《組合員の日常的かつ組織的な吊し上げで、校長を度々自殺に追い込む》

●過激派・部落・北朝鮮などの反日・犯罪勢力と癒着
《槙枝元委員長・北朝鮮から勲章授与/日本教職員チュチェ思想研究会連絡協議会》

●民主党(過去には旧社会党)の支持母体
《旧社会党が事務局を支配し、外国人参政権・沖縄ビジョン等の日本壊滅の政策》

●反日(在日裏支配)マスコミと結託
《中山前国交相の言葉狩り事件等》

●日本の伝統・文化、および道徳の崩壊
《国旗・国歌の不敬をはじめ道徳教育の否定、過激な性教育の推進等々》

⇒詳細は『国民が知らない反日の実態』『日教組の正体』で検索!

国民が知らない反日の実態 – 日教組の正体
https://www35.atwiki.jp/kolia/pages/141.html
民主党支持組織・日教組の正体!
http://sekainoura.net/nikkyouso.html
日教組の実態
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/4759/niti2.html

日教組の現状

日教組の現状を一言で説明するならば、

 「日本共産党の党員やそのシンパではないが、 『9条を遵守すれば未来永劫日本は平和である』
『戦前の日本の歴史は侵略の歴史である』 『国旗掲揚や国歌斉唱の強制は良くない』
『教育に競争原理を持ち込むべきではない』
といった左翼思想に対して共感している教職員を中心とした職員組合」  という事になるでしょう。

 ここで注意すべき点は4つです。

 1点目は、日教組は日本共産党とは仲がよろしくないという点です。
この辺りはご年配の方とお話をしていると誤解されている人が多い気がします。
確かに戦争直後日教組を立ち上げる際には、日本共産党が密接に関わり、一時期は日教組を思想的に先導していたのですが、
1989年に日本労働組合総連合会(いわゆる「連合」)が発足する際に、多くの官公労がそれを支持する非共産党系組合と、 それを「良し」としない共産党系組合に分裂しました。
日教組もこの流れで、共産党系が日教組とは別の全日本教職員組合(いわゆる「全教」)を設立して出て行く形になったのです。
2点目は、日教組の中枢を占めている人たちが極めて左翼思想の色濃い人たちであるということです、
先ほど述べたように日教組は共産党と袂を分かったのですが、それでは共産党が出て行って日教組の左翼体質は 多少改善したかというと実態はその逆です。
教師という職業の捉え方にしても全教が「教師も労働者であり、同時に教育の専門家でもある」と捉えますが、 日教組はそのような捉え方は教師の労働強化に繋がる恐れがあるとする考え方が主流です。
また、同和教育についても全教は同和差別が過去の問題であると考えるのに対して、日教組は同和教育推進派です。

 そして3点目、これが最も重要なところですが、教育政策の決定に極めて大きな影響力を有しています。
但し、その表れ方は政治状況によって異なります。
民主党政権の時には、日教組が民主党の支持団体というよりは、民主党が日教組の政治部門かという程に権勢をふるいました。

 その典型が、あれほど議論した末に導入した悉皆調査である全国学力・学習状況調査(いわゆる「全国学力テスト」)を、 抽出試験にして完全に骨抜きにしたことです(これは、自民党政権復活によって直ちに悉皆調査に再是正されました)。
全国一律の試験によって小中学生の学力を調査し教育政策に役立てるという視線は、 1960年に日教組が中心となった運動によって廃止に追い込まれました。
合理的な政策は事実を把握するところからしか生まれません。

この調査が復活するまで、秋田県や福井県の子ども達が高学力であることなど、その県の教育関係者さえ知りませんでした。
しかし、客観的事実の把握は、思想洗脳教育にとっては邪魔なのでしょう。
全教も日教組も一貫して調査に反対しています。
その根拠が「教育に競争原理はそぐわない」という左翼思想です。

 もちろん、自民党政権下で日教組が表立って政策に影響を当てることは不可能です。
このような場合、彼らは現場レベルに降りてきた政策を骨抜きにすることに腐心します。
例えば、卒業式や入学式に国旗を掲げ、国歌を斉唱することは学習指導要領で定められています。
学習指導要領には法的拘束力があるので、さすがにこれを無視する学校現場は今ではほとんど無くなりました。
しかし、「事前に国歌斉唱の練習をしない」などは当然で、 「ピアノ伴奏ではなくCDにしてボリュームを押さえる」
「事前に生徒に『国歌斉唱時は無理に立たなくても良い』と指導する」
「国旗は正面ではなく緞帳の陰に隠れるくらいの場所に置く」 等々、様々な妨害工作を行います。
それを行う際に最も肝心なのが、卒業式・入学式の実務責任者を誰にするかです。

 文部科学省の調査により、一部の学校で教職員の選挙により校内人事が行われていた事実が発覚し、過半数を占めていた大阪府で教育委員長(「百マス計算」を普及した陰山英男氏)の責任が問われていますが、その背景には卒業式・入学式を始め様々な学校行事で自分達の主張を通したい教職員組合の意向が働いているのです。

また日教組は教育委員会とも密接な関係を持ち、地域によっては校長や教頭といった管理職の選考にも口を出します。
そこまで酷くなくても、慣例的に友好関係を持つ自治体は少なくありません。
例えば、表向き日教組と関係のない団体が教職員研修を行い、それを教育委員会が後援する。
しかし、会場は日教組が事実上所有する会館で、会場使用料を通じて日教組が潤う、というのは現在も頻繁に見られます。

 冒頭の安倍総理のヤジやそれに対する弁明は舌足らずの点がありますが、これらの事実を念頭になされたものと理解すれば、 本質を捉えたものであることが判ります。

 最後に4点目として、これは希望的観測ではありますが、日教組はこれからの数年で益々影響力が低下していくと予測できます。
それは教職員集団の左翼洗脳が、若い人ほど解けてきているからです。
その昔、組合活動をしていた教育委員会の指導主事よりも、現場の若手教員の方が、国旗や国歌に批判的な老教師を軽蔑しているなどという例はざらにあります。
日教組は現在、左翼思想をひたすら隠して若手勧誘を行うか、思想に準じて滅びるかの岐路に立たされているのかも知れません。

■森口朗

日本の教育評論家、東京都職員。95年~05年まで都内公立学校に勤務。偏差値で学力を測ることの妥当性と限界を明らかにした。
紙媒体で初めてスクールカースト概念を紹介し、いじめとの関係を解明。著作に『日教組』(新潮新書)、
『いじめの構造』(新潮新書)、『偏差値は子どもを救う』(草思社)などがある。